「おとうさん、法事は何時から?」
「10:30から」
「オレもスーツ着るの?」
「制服でいいよ」
孝太の記憶には母親が存在していない。何度か聞いてみた。
「お母さんのことは覚えている?」
「……覚えてないよ」
雄祐ですら記憶は薄れていると言う。
ガンの宣告を受けたとき、妻は言った。
「誰にも言わないで。子ども、親、友人にも……」
その2日後、転院のため診察を受けた帰り、一度自宅に戻り、子どもたちと1週間ぶりの再会をした。
携帯の酸素ボンベを装着した母親を見て、長男・雄祐の動きが止まる。
雄祐は遠目から、いつもと違う母親を見つめていた。長男は学校のことをずっと話し続けていた。
私は抱いていた孝太を妻に渡した。
小一時間滞在し、病院へ戻る。母親からの強烈なメッセージ。
「お母さん、病気と闘っている。絶対に勝つから。絶対に元気な姿で戻るから。だから、
お父さんの言うことを聞いてね。お願い」
そう言って、一人ずつ抱きしめ、家を後にした。
その10日後、天国へ逝ってしまった。長男11歳、雄祐6歳、孝太2歳だった。
あれから16年。三人それぞれの想いを胸に、悲しみと共に生きている。
姿は見えなくても、心は今でも繋がっている。

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この記事へのコメント
Rinko
おっしゃる通り、姿は見えなくとも心は今でも繋がっていますね。
cincy